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 修道院便り2010年


 ばあちゃんのそばに、わたしがいて
     わたしのそばに、ばあちゃんがいて
  Sr.船田 由美


 祖母の亡くなった年齢に少しずつ近づいているからでしょうか、祖母の想い出を文字にしてみたいと思いました。

 「ばあちゃん」は、母のお母さんです。母は、結婚してからもずっと仕事をしてくれていました。真っ白い襟のついた紺色の事務服を着た母の姿はわたしの心に刻まれています。祖母が近くに住んでいたから母は勤めることができたのでしょう。

 わたしが赤ちゃんの時、お乳の時間になると祖母はわたしをおぶって母の勤務先に連れて行ってくれたそうです。会社は歩いて15分くらいのところでした。弟が赤ちゃんの時にも同じようにしてくれました。

「由美ちゃん、お墓のお掃除に行くよ。」
お彼岸とお盆の前、そして年末には必ず祖母と満行寺さんに行きました。ろうそく、マッチ、お塩、お米を持って。途中でお花とお線香を買って。お寺に着くと、お水を汲んで・・・。手の平と指で墓石を丁寧に洗い、お水をかけて周囲を掃いてお塩を撒いて清めます。供養されていない仏様にはお米をまいてあげます。清められ清々しい気に包まれてお花とお線香をあげます。この清々しさをわたしの心と身体は覚えています。
「由美ちゃん、お参りしてあげて。」
祖母の声がきこえます。

 チリン、チリン澄んだ音色と読経の声。お遍路さんが玄関に立って下さると、祖母は一合枡にお米を入れて差し上げていました。祖母の姿を眺めながら幼心に祖母は尊いことをしていると感じました。

 もうすぐ七夕様。朝早く祖母に手を引かれ雲祥寺さんへの道を歩きます。道端の葉っぱの上に降りた露をそっと小さな器に・・・。この露で墨をすり短冊に願い事を書き笹につるします。七夕様には雨が降りませんように、織姫様と彦星様が会うことが出来ますようにと願いながら・・・。

 祖母には、一つの苦しみがありました。わたしの父はお酒を飲むと人が変わり、母にそれはそれは辛くあたりました。「憲さん、なんでそんなに光ちゃんを苦しめるんぞね。」お酒を飲んでいる父のそばにすわり、祖母はよく言っていました。お正月、お祭り、お花見・・・子供にとってうれしい楽しい時がわたしには辛い時でした。
 父がお酒を飲んで怒り出すと、わたしは急いで祖母を呼びに行きました。父は祖母の話をききながら、静かに眠ってくれました。
 祖母がそばに居てくれるのはとても安心でした。祖母と母が父を悪く言うのをわたしは一度も聞いたことがありません。子供にとってそれはとても良いことだったと思います。
「お酒がそうするんよ。」といつも言っていました。祖母と母は本当の父を知っていたと思います。

 祖母を送った数日後、父は母に言ったそうです。「光子しっとるか、ばあちゃんが大きな苦しみを持っていたのを・・・」母は祖母の長女でしたがそのことを知りませんでした。祖母は二人の娘に優しく看病され天へ旅立ちました。祖母は娘達には話せなかったのでしょう。
 祖母の苦しみとは、自分の母がキリスト教徒だったこと。結婚して祖母を授かったのですが、信仰を捨てて嫁ぎ先で結婚生活を続けるか、信仰をとるかをせまられて結局は信仰をとったそうです。生まれたばかりの祖母を育ててくれるように実家に頼んで、お寺かお宮の境内に祖母を置いてどこかに行ってしまったこと。祖母は拾われて大切に育てられたそうですが、自分の身の上をいつ、どのようにして知ったのかは話さなかったそうです。

 父の帰天後、わたしは母からこの話を聞きました。お母さんを想う祖母の心はいかほどだったでしょう。自分の生い立ちを誰にも話せず胸に秘めて60余年生きた祖母。そして最期の一番大切な時に、娘のことで苦しまされた父に話すことができました。祖母の心には父へのわだかまりは、微塵も無かったと思います。父の本当の姿を見つめ続けた祖母。母の話を聞きながらわたしは感動と喜びで満たされました。
 「ばあちゃん、父ちゃんに話せて良かったね、話すことによって苦しみに光が当てられて良かったね、父ちゃんへの信頼と話せる勇気をいただけて良かったね。」
曾祖母、祖母、母、わたし‥‥‥命の続く素晴らしさ。曾祖母は祖母の幸せを祈り続けたことでしょう。曾祖母がどのように生き、どのように地上から旅立ったか何もわかりません。神様の御手の内で生かされていたことを信じます。

 曾祖母や多くの方々の祈りをいただいて、わたしは1980 年クリスマスに受洗の恵みをいただき、奉献の日々を過ごさせていただいています。
 神様の計り知れない愛、ご計画に賛美と感謝。


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