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14年半ぶり

Sr. Maria 洋子(穂積洋子)


 私はフランスのBrouブルーの母院で14年半を過ごし、今回日本に戻ってきました。
 今までも1ヶ月とか2ヶ月程度の一時帰国をしましたが、「お客様」であり、本拠はフランスでした。今度は日本の共同体のメンバーになったわけです。

 私の希望ではなかったので、初めは受け入れるのが困難でした。いろいろ問題はあったにせよ、長いこと住めば愛着も出てきます。何かを手放すということは、口で言っても、本当に心から同意し実行するとなると話は別です。
 私は辛かったのですが、もう決定済みでしたから、実際に引っ越しの準備をしなければなりません。
 これが大変。渡仏した時には大した荷物がなかったのですが、14年半分の荷物となると、とにかく整理をして捨てなければなりません。

 今まで忘れていたカードやノートなどは、次から次へと思い出が浮かび、捨てるのが辛かったのです。でも、とにかく持ってゆける重量内に、という制限がありますから、いつまでも執着しているわけにはゆきません。

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 私は、イエスさまが弟子たちを何も持たずに宣教に遣わされたことを思いました。すべてを神さまにお委ねして、神さまから託された使命を果たすこと、これが修道召命の道だと実感しました。  私は終生誓願のときに、Fiatフィアット(仰せのとおりに)をいただきました。自分の召命の道を思うとき、やはりこの言葉に貫かれているように思います。

 この共同体で、これからここの姉妹たちと共に、毎日神さまのお望みを果たしてゆけるようにと祈っています。