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 5月の上旬、S刑務所に入所中のTさんに本等を送ったところ、 当所におりませんという赤判でもどってきてしまった。何か事件を起こして 他の刑務所に移動させられてしまったのかしらと思っていた。
 ところが下旬になって一人の男性から電話があって、中里に世話になった 人がいるので挨拶にいくので、修道院に寄りたいという電話だった。 8年間文通していたTさんからだった。 私はもうびっくりしてしまって・・・というのは、Tさんと文通を始める前 「麦の会」の事務局からいただいた一枚の紙に出所予定日2022年8月と書いて あったからだ。
 その日の午後2時頃だったか、その人が玄関に立っていた。 手みやげをやや後に長身の人でマスクをしているので顔全体はわからないけれど、 刑を果たした人の姿があった。私はこの人が・・・と絶句の思いで立ちすくんでしまった。
 Tさんはこんな年寄りのシスターだったのかと思ったにちがいないが、 応接間に入って、ここまで来てくださったこと、神様がTさんと巡り会わせて くださったことに感謝した。
けれども私達の使命は(現在、他に4人のシスターが受刑者と文通している)。 刑に服している人達との文通が主でその人が出所したらその人との文通は終わることに なっていることを伝えるとTさんはシスター達のことを知りたいから修道院便りを 送って欲しいと望まれたので、それはこれからもお送りしますと約束した。
その後、庭を少し歩いて帰られた。

 7月20日〜29日、年の黙想のため裾野へ出かけた。
かつて10年間、聖心会のご好意で山奥にある平屋の家をお借りして生活をしていた ことがあり、私は5年半そこのメンバーとして生活した。
今回、“聖書を祈る”黙想会に参加し、Sr.吹田のヘルパーのもと黙想に与った。
休み時間に外を歩き、私達が生活していた家にも行って、建物の周りを一巡りし、 各部屋を外から覗き見ながら、ああここでよく祈ったなあ、ここは聖堂、ここは 食堂兼共同室、各自の修室と見ていった。深く生きさせてもらった各部屋に物が 置いてあったが、きちんと整理されていた。
ここで生活した日々に感謝しながらそこを立ち去った。

 9月9日〜10月7日まで14年ぶりにフランス本部修道院を訪問した。 そこで総集会が行われるためであった。
 先輩のシスター達、若いシスター達、そして新しいシスター達に暖かく迎えられ、 楽しい日々だった。
広大なチエボー家の敷地内の一角にある修道院は高い木々に囲まれているので、 ホコリっぽさはない。建物は以前に建て増しをしたもののお城の雰囲気は保たれていて 数年前、大々的に補修工事がされ、建物全体の壁、窓の縁等ペンキ塗りが施されて、 ステキな修道院となっていた。
 森の木々はスーっと高く葉をいっぱいに茂らせて深かった。 その中を昼の片づけの後、毎日モーターカーで走り回った。 高い木々を見上げながら楽しい一時だった。
今、振り返ってみるとシスター達の食欲は旺盛で、同時に愛も豊かで、暖かく深かった。

 本会の精神とシスター達の修道生活は、教会に社会に光を放って輝いていると 心に深く感じている。